コラム

相撲記者長山の「私の見た巡業の猛稽古伝説~白鵬」

2018年1月9日 15:00配信

白鵬は新大関だった平成18年夏場所に初優勝。綱取り場所となった次の名古屋場所では、場所前に13勝が横綱当確の目安と言われていた。

白鵬は、千秋楽に初日から14連勝で優勝を決めていた朝青龍と2敗で対決。熱戦の末、寄り倒して13勝の準優勝を挙げた時には、横綱に昇進できると確信していたという。しかし結果は、「もう1場所見る」(元大関魁傑の放駒審判部長=当時)と横綱昇進は見送られた。

その後に行われた夏巡業では、2人だけで話す機会があったが、白鵬は横綱になれなかったことについて、終始納得できない表情だった。

しかしこうしたことで腐ってしまうようでは、その後の大成はない。白鵬には試練をバネに替える心の強さがあった。

その頃はちょうど巡業が自主興行からまた元の売り興行に戻したばかり。この年の夏巡業もわずか5日しか開催されなかった。

白鵬は「1日平均20番で、合計夏巡業中に100番稽古する」と意気込みを語っていた。

初日の郡山市では時天空・豪風ら稽古し、13番。時天空に敗れた1敗のみだった。2日目の北海道富良野市では稀勢の里、黒海らと稽古し17番。黒海の寄りに屈した以外は完勝だった。3日目は少しペースを上げて旭天鵬、露鵬、黒海、豪風らと稽古し21番。露鵬、豪風に敗れて19勝2敗。4日目は「原因はわからないけど、昨日の夜から右手が腫れて痛くて握れない」と稽古を回避した。

最終日は青森市で行われたが、会場を覆うテントもなく、完全な露天巡業だった。

このままでは「公約を守れない」と思ったのか、白鵬は大関にもかかわらず、十両の申し合いに突如参加。途中から幕内力士も加わったが、何と43番の猛稽古をこなした。格下の相手が多かったので、余裕を持った稽古ぶりだった。感心したのは、30度を超える炎天下の元、40番以上取ってもほとんど息が上がらないスタミナだった。

それでも最後にはやや疲れが出たのか安馬(現日馬富士)に3連敗して稽古は終了。5日間(実質4日間)で計94番の稽古だった。

稽古後、白鵬は筆者のところに歩み寄ってきて「5日間全部合わせて100番いった?」と聞いてきた。「94番だった」と答えると、「それなら今日、もっとやればよかったなあ、でも割(取組)で5番取ってるでしょう(笑)。それを合わせれば99番。それに毎日ぶつかり稽古をやったからそれを1番に数えれば、全部で100番になるよね(笑)」と、負けず嫌いの性格らしく、最後まで100番稽古にこだわっていた。

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