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コラム

相撲記者長山の「歴代横綱~3代目丸山権太左衛門」

2018年4月26日 11:40配信

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歴代横綱物語

(3)3代目丸山権太左衛門

丸山は初代、2代目に比べれば、かなり事跡がはっきりとしている。陸前国遠田郡中津山村(宮城県登米郡米山町中津山)出身で、本名・芳賀銀太夫。

幼少の頃から怪童といわれるほど大きく、剛力で有名だったが、性格はいたって温厚だった。17歳の時に江戸見物に出かけたが、大男のため1日草鞋は2足はきつぶし、馬に乗れば両足が地面について動かず、これではたまらないというので、江戸に残り力士になった。

197センチ、170キロの巨体で、手のひらの大きさは長さ22.9センチ、幅12.8センチもある。頭の上に大きなこぶがあったため、丸山と名づけられた。

稽古熱心だったため出世も早く、元文2年の大坂番付で大関となり、16年ほど大関の座を守っている。器用ではなかったが、腕力にものをいわせた豪快な取り口だったという。風流心も持ち合わせ、手形の脇には「ひと握りいざ参らせん年の豆」と書き添えるのが常だった。

横綱免許を受けたという説もあり、確かに寛延2年に吉田司家から「故実門人」の免状を受け取っている。しかし、故実免状と横綱とは関係がない。明石、綾川、丸山が横綱を張った事実がないことは、ほぼ確実ある。

吉田司家から故実門弟に加えられてからわずか3月足らずで疫病にかかり、37歳で現役のままこの世を去った。

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