コラム

相撲記者長山の「歴代横綱~16代目西ノ海嘉治郎」

2018年10月10日 11:35配信

歴代横綱

16代目西ノ海嘉治郎

番付に「横綱」と頭書きされた最初の横綱免許力士として知られる。

安政2年1月に鹿児島県薩摩川内市高城町に生まれ、本名・小園嘉次郎。少年時代より土地相撲で鳴らし、明治8年京都相撲に入り、14年には小結まで昇進。同年の暮れに高砂を頼って上京した。改革訴え、東京相撲を脱退していた高砂だが、協会と和睦して取締役になっていたこともあり、いきなり幕内格で初土俵を踏んだ。大阪大関梅ヶ谷が本中から取らされたことを考えると、異例の好待遇だった。

18年1月場所に大関昇進し、一時小結に落ちるが、23年1月場所に大関に復帰。その場所の成績が7勝2敗だったにも関わらず場所後の3月、36歳の時に司家から横綱免許を受けた。大関たった1場所でしかも抜群ともいえる成績ではなかったため、当然物議を醸した。

翌5月場所は江戸時代からの大関は東西1人ずつという慣例が破られ、2ずつの計4人になった。西ノ海は後進の小錦に正位を譲り、張り出された。横綱免許を受けた西ノ海はこれを不満としてクレームをつけ、対策に悩んだ協会は番付面に「横綱」の文字を冠して事態を収拾させた。もちろん地位は大関のままだったが、横綱が大関以上の地位になる前提となった。

176センチ、126キロ。古武士のような風格で、相撲も相手の腕を極める「泉川」を得意とした。ただし力任せの相撲のため、機敏な力士にはよく取りこぼした。性格も物事にこだわらず、豪放な面があったため、難敵との対戦前でも、支度部屋で大いびきをかいて寝ていたという。

明治29年1月場所に43歳で引退。年寄井筒を襲名し、横綱2代目西ノ海、大関駒ヶ嶽、名人関脇逆鉾など多くの力士を育て上げ、井筒部屋の基礎を築いた。

明治41年11月30日、53歳で死去。

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