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インタビュー

宇良(後編):相撲とレスリングとの出会い、過去を振り返らない「人生哲学」

2021年12月23日 11:10配信

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日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

後編となる今回は、宇良関が相撲を始めたきっかけや、並行して取り組んでいたレスリングとの出合い、さらに、過去を振り返らないという彼なりの「人生哲学」などについてもお聞きした。

(聞き手・文・撮影/飯塚さき)

相撲とレスリングの両輪で駆け抜けた日々

――宇良関が相撲を始めたきっかけはなんでしたか。

宇良関(以下、「」のみ)「体の大きかった姉がわんぱく相撲に出るついでに、僕もエントリーしました。当日、会場に上着か何かを忘れてきてしまったので、後日取りに行ったんです。それで、相撲を始めに来た子だと間違われて、まわしをつけさせられて。そこからです。4歳のときでした」

――そんなハプニングがきっかけだったんですね。お相撲は楽しかったですか。

「いや、楽しくなかったですね。稽古はつらかったです。僕が通っていた寝屋川相撲連盟は、伊勢ノ海部屋の元力士(元幕下・立花)の菊池弘至先生が指導していて、厳しいことで有名でした。本当に怖かったですから」

――レスリングを始めたのはいつ頃ですか。

「小学3年生の終わりくらいに始めました。テレビで見て、なんとなく自信があったんです。親に『これどういうルールなん』と、背中をつけたら勝ちなんやっていう大雑把なことを聞いて、寝屋川にあるクラブに習いに行くことにしました。レスリングは階級別で、それまで相撲で大きい子とやっていたから、階級別だったら負けんやろ、という気持ちでした」

――相撲とレスリング、どちらもやってみていかがでしたか。

「最終的にはそんな甘いわけがなく、レスリングでは勝てなくて、拾ってくれた高校が鳥羽高校だけだったので、中学卒業後は相撲一本に絞りました。どちらも魅力があるんですが、相撲は番狂わせがあるのが、レスリングにはない魅力だと思います。小さい人が大きい人に勝つのが相撲の醍醐味だし、それがないと自分もいまここで戦えていないので、いまも毎回番狂わせをしているような気持ちで戦っています。その点、レスリングには番狂わせがないんです。順当に強い人が勝っていく。相撲に番狂わせがあるのは、一発勝負だからですが、レスリングは相撲で例えると、10番勝ったら勝ちですよって言われているような感じです。だったら、強い人が弱い人に負けることはないじゃないですか。たとえ1点や2点取られたとしても、何回もやれば強いほうが勝ちます。だから番狂わせがないんです。でも、そこがレスリングの面白さであり、逆につらいところでもあります」

文武両道を貫き角界入りを果たす

――高校卒業後は、大学に進学しました。進路は前々から決めていたんですか。

「いえ、実は高校1年生から3年生の序盤までは、卒業したら就職しようと思っていました。顧問の先生からは『行司になったら?』とも言われていたんですが、3年生になって、関西学院大学にいろんな縁をつくってもらったんです。賢い学校と聞いていたので、そんな学校に行けるチャンスはないなと思って進学を決めました。当時は、相撲よりも勉強しに行くつもりで入ったので、2年までは相撲より学業に集中していました。それまで、相撲をするような体型でもありませんでしたから。勉強して、相撲の稽古もして、さらにアルバイトもしていたので、大変でしたね。本格的に相撲をやろうと思ったのは、2年までにちゃんと単位が取れて、3年生から少し授業に余裕をもてたからです」

――しかし、1年生のときに全国学生相撲個人体重別選手権65kg未満級で優勝、4年生では同大会無差別級で3位でしたよ。

「すごいですね! なかなかそれ知っている人いないですよ、65kgと無差別でタイトル取ってるの(笑)」

――そういったタイトル獲得で、自信がついたのでは?

「結果はたまたまついてきただけで、特にものすごく狙っていたわけではありませんでした。自分がそこまでできるとは思っていなかったんです」

――卒業後の入門経緯は。

「相撲に真剣に取り組み始めたのが、単位の落ち着いた2年生の後半からと考えると、1年ちょっとしかありませんでした。自分がそこまでできると思っていなかったのと、この短期間でそれだけできたなら、自分にはまだ伸びしろがあるんじゃないかと思い、それで挑戦してみたくなったんです」

――大学では、教員免許も取ったんですよね。まさに文武両道。素晴らしいです。

「幼稚園と小学校の教員免許を持っています。相撲に集中している大学生は、教職を諦めることが多いと聞きますが、僕はもともと力士じゃなくて教師を目指して大学に入ったので、本分は学業であり資格取得でしたから。でも、角界に挑戦できたのもよかったと思っています」

向上心をもち続け、安定して幕内で通用する力をつけたい

――これまでで、印象に残る一番はありますか。

「えへへ。なんだか引退会見の質問みたいですね(笑)。僕、過去は消しているタイプなので、いまはあまりないです。すべて、終わったことなので。いまだに金星の話とかをされてしまうと、勘弁してくださいってなります。とにかく、過去は振り返らない。ただ、自分も、気分がいいときは昔のよかったことを思い出したりしちゃってるかもしれないので、そこは意識的に気をつけるようにしています」

――素晴らしい心がけですね。昔からのあこがれの力士などはいますか。

「この人が好きっていうのは特にないですね。大相撲自体はずっと見ていましたが、小さいときはそこまで相撲がわからなかったし、“見る”ことに関しては、そんなに情熱的に相撲が好きじゃなかったのかもしれないですね。なんでもそうですが、相撲も見るのとやるのは違うので、平たく言うとそういうことかもしれません」

――いろんなお話をお聞かせいただきありがとうございました。最後に、今後の目標を教えてください。

「安定して幕内で通用する力をつけたいです。来年はもう30歳になるので、ガンガン稽古して強くなりたいという歳でもなくなってきました。ただ、人ってどこまで伸びしろがあるかわかりません。落ち込まないで、向上心をもっていたい。まだ成長できるんだっていう気持ちをもち続けることが、これからも大事かなと思います」

【プロフィール】

宇良和輝(うら・かずき)

1992年6月22日生まれ。大阪府寝屋川市出身。本名は四股名と同じ。4歳から相撲を始める。小学3年生の終わり頃からレスリングも始め、中学まで2競技に取り組む。相撲部のある京都府立鳥羽高校に進学したことで、相撲1本に絞る。勉学を志して関西学院大学に進学後、1年次に全国学生相撲個人体重別選手権65kg未満級で優勝、4年次には無差別級で3位。小学校と幼稚園の教員免許を取得し卒業後、木瀬部屋に入門。2015年3月場所で初土俵を踏む。とんとん拍子に番付を上げ、翌16年5月場所で新十両昇進、さらに1年後の3月場所で新入幕を果たした。小柄ながら多彩な技で土俵を沸かせたが、その後2度にわたるひざのケガで長期休場、一時は序二段にまで番付を落とした。19年11月場所から復帰。昨年11月場所で関取に復帰し、先の11月場所では、幕内で二桁勝利し、自身初となる技能賞を獲得した。最高位は東前頭4枚目。身長176cm、体重147kg。得意は押し・足取り。

【著者プロフィール】

いいづか・さき

1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、『IRONMAN』(フィットネススポーツ)、Number Web(文藝春秋)、Yahoo! ニュースなどで執筆中。

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