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コラム

相撲記者長山の「歴代横綱~14代目境川浪右衛門」

2018年8月20日 18:20配信

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歴代横綱

14代目境川浪右衛門

幕末の衰退した相撲界を支えた横綱だ。

天保12年4月に千葉県市川市高谷に生まれ、本名・宇田川政吉。

幼少より江戸日本橋の酒問屋小西屋に奉公に出た。大きな酒樽を両手に1樽ずつ軽々持ち上げるなどの怪力エピソードをいくつか残しており、17歳の時に相撲好きな主人の進めで先代境川(のち大関)に入門、前相撲から取り進んだ。

奉公先の屋号から小西川を名乗り、やがて四方山と改めるが、これも世話になった酒問屋の銘酒「四方」にちなんだしこ名だった。CMしこ名といっていいだろう。

慶応2年3月場所、十両筆頭時に姫路藩の抱えとなり、増位山と改名して3年3月場所に入幕。トントン拍子に出世し、明治3年4月場所、30歳で大関に昇進した。その時亡師の跡目を継承して境川と改名し、同時に尾張徳川家の抱えに変わる。

明治9年12月に京都五条家から横綱免許を受け、吉田司家からは故実門人しか与えられなかったが、10年2月に承認された形となっている。

169センチ、128キロの短軀肥満の体形を生かし、自慢の太鼓腹に乗せて持ち出す“腹櫓”を得意とした。常に相手力士に十分に攻めさせておいてから、反撃する相撲だったため、引き分けも多かった。

土俵態度もよく、謙虚な人柄で多くの力士の人望を集めたという。また茶の湯や俳諧が趣味というインテリ力士でもあった

明治14年1月場所で引退。引退後は取締にもなったが、家庭的には恵まれなかった。師匠の娘である妻の浪費と不貞、子供の早死になどもあり、酒で体を壊し、明治20年9月16日に46歳で亡くなっている。

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