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インタビュー

炎鵬(前編):「まわしがダサい」抵抗があった相撲を始めたキッカケ

2019年7月18日 12:00配信

日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

2人目の力士は、現在人気急上昇中の相撲巧者、炎鵬関。技とスピードで相手の懐に素早く潜り込み、大きな相手を倒していく姿は、多くの相撲ファンを魅了してやまない。入門してまだ2年半。これまでの相撲人生を振り返っていただいた。

(聞き手・文・撮影=飯塚さき)

横綱に認められ入門を決意これまでの歩みとは

――スピードや運動神経の素晴らしさはもちろん、大きな相手に当たり負けない体幹力も備えていて、小さな体に確固たる力をもっている炎鵬関です。その強さの秘訣はどこにあるのでしょうか。

炎鵬関(以下、「 」のみ)「自分ではあまりよくわかりませんが、この体でも勝てるのが相撲だと思うんです。小さいから勝てない、不利だと思っていたら最初から挑戦していませんが、全く不利ではないし、相撲という競技だからこそ成り立つもの。そこでどう勝つかを見出していくことが、相撲を取る上での楽しさにもなっています。」

――相撲を始めたきっかけはなんでしたか。

「2つ上の兄が、地元の相撲道場に通うことになって、それを母と一緒に見に行ったのが最初です。そのとき、僕は5歳でした。父の高校時代のお友達が監督として開いた道場だったので、誘われて習いに行ったんです。」

――当時から、相撲をやってみたいなという気持ちはあったんですか。

「いや、全然ありません。最初は嫌がっていました。まわしがカッコ悪いしダサいと思って抵抗があって。でも、兄がやっていたので、自然な成り行きで始めました。」

――小さい頃から運動神経抜群だったと聞きます。ほかのスポーツに興味はなかったのでしょうか。

「本格的に取り組んでいたのは相撲だけですが、稽古の前に、遊びで野球やサッカーはしていました。そう考えると、小学生までは相撲も遊びの延長だったと思います。学校では体育の授業が一番好きだったし、基本的に体を動かすことが好きでした。でも、一番好きなのはやっぱり相撲でしたね。」

――大相撲は見ていましたか。

「見るよりやるほうが好きだったので、あんまり熱心には見ていませんでしたが、朝青龍関が好きでした。」

――本格的に相撲に取り組み始めたのはいつ頃でしょうか。

「中学からです。小学4年生から、わんぱく相撲など全国大会が始まるので、それに出られるよう必死にやっていましたが、なかなか勝てずに悔しい思いばかりしていました。6年生のときに初めて出られたことで、もっと本格的にやろうと決めて、(金沢市立西南部)中学では相撲部に入部しました。」

――これまで、辞めたいと思ったことはありませんでしたか。

「稽古がキツいなとか行きたくないなとかはありますが、相撲自体を嫌いになったり辞めたいと思ったりしたことはないですね。」

――では、角界入りを意識し始めたのはいつ頃ですか。

「大学に入った後、就活の時期でしょうか。将来何をしたいか考えたときに、全くやりたいことが浮かばず、自分に合いそうな仕事が見つけられませんでした。そのとき、相撲だったら可能性としてはあるかも、という頭はあったかもしれません。気持ちを固めるきっかけになったのは、やっぱり宮城野部屋から、それも横綱・白鵬関から声をかけていただいたこと。もしほかの部屋だったらどうだったかわかりませんが、相撲でいえばプロの大相撲界はトップ企業なので、そこで挑戦してみようという気持ちになりました。」

炎鵬ならではの強さの秘密に迫る

――憧れている人や、目標としている人はいますか。

「同じ小兵力士として、舞の海さんや兄弟子の石浦関の取り口は参考にしています。ただ、それだけに固執するとよくないので、できるだけいろんな力士それぞれのいいところを少しずつ吸収する努力をしています。例えば、横綱・白鵬関と僕とは、体格が違えば相撲の取り方も違いますが、横綱から見習うことはたくさんあるので、いいものは全部自分に取り入れるようにしているんです。」

――横綱から見習うこととは、具体的にどんなことがありますか。

「稽古への姿勢です。目の前の一番にかける準備や意識。普通、当たり前のことを当たり前にやるのは、どうしても手を抜いたり身が入らなかったりして難しいと思うのですが、それを普通にできることがすごいなと思います。日々の積み重ねや、継続する力はとても大切だと、見ていて感じます。」

――普段、炎鵬関が取組に臨むときには、どのような準備をしているのですか。

「時々によりますが、考えすぎないほうがいいなと思うときは、自然体のまま、感覚でいくようにしていますし、苦手意識のある相手に対しては、ある程度作戦を立ててその通りに狙っていきます。ただ、どの相手にでも気をつけているのが、相手の真正面に置かれないようにすること。この体格なので、同じ高さで同じ立ち合いをしていたら、100%負けますよね。だから、相手に合わせない、真逆の動きをしたいんです。相手が+の力で来たら、自分は-の力を加えることで、相手を翻弄させます。」

――ただ、それは頭でわかっていても、なかなか実際に動けるものではないと思います。どのように培ってきたスキルなのでしょうか。

「自分もまだまだですが、本当に経験だと思います。少しずつ経験していくうちに、勘や感覚が身についてきました。でも、もっともっと磨いていかなくてはいけない部分だと感じています。」

勝ち越しよりも自分を成長させてくれた一番

――今までで、印象に残る取組はありますか。

「先場所の千秋楽、松鳳山関との一番ですかね。新入幕の場所で、7勝7敗で迎えた千秋楽でした。松鳳山関は三役経験者で、自分の力を試すのには申し分ない相手です。出し切ったつもりでしたが、結果的に負けてしまったので、まだまだだという厳しさを思い知らされましたし、初心を思い出した一番でもありました。この世界に少しずつ慣れてきて、自分の心に『これで大丈夫かな』という甘さがあったことに気づいたんです。入門当初は、もっとがむしゃらに、必死にやっていたなと。あのときの気持ちを失いかけていました。考えて稽古やトレーニングをすることは大事ですが、本当の最後の土俵際は、やっぱり気持ちだと思うんです。そのためには、稽古がすべて。もっと稽古しないといけないなと、改めて思いました。」

――48秒という長い相撲になりました。最後は松鳳山関に、はたかれるような上手投げを喫して惜しくも敗れてしまいましたが、その土俵際を分けたのも「気持ち」でしたか。

「はい、気持ちで負けていました。ただ、自分は苦しかったけど相手も苦しかったはずなんですよね。もう少し自分が稽古していたら、あそこでも残せていたと思います。先に自分が『もうダメだ』と思っちゃったから負けたわけで。土俵際で相手がはたいてくるのも見えてわかっていましたから、それなのに足がついていかなかったのは、気持ちで負けてしまっていたからです。あれを残せる精神力と体力をつけることが、今後の課題。取組が終わってから、そんなことをいろいろ考えました。だから、勝ち越しよりも得たものは大きかった。負けたからこそ感じることが多かったので、仮に勝って勝ち越していても、成長はできていなかったかなと思います。」

【プロフィール】

炎鵬晃(えんほう・あきら)

1994年10月18日生まれ、石川県金沢市出身。金沢学院東高校、金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科卒業。本名は中村友哉。宮城野部屋所属。大学1年次に西日本学生相撲新人選手権大会で優勝。2・3年次は世界相撲選手権大会の軽量級で2連覇。白鵬の内弟子として宮城野部屋へ入門し、2017年5月場所に初土俵を踏む。序の口・序二段・三段目と全勝優勝を重ね、わずか6場所で十両に昇進。今年の5月場所で新入幕を果たした。小さな体で土俵上を動き回り、相手を横から崩して前に出る相撲で館内を沸かす。

【著者プロフィール】

飯塚さき(いいづか・さき)

1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、18年に独立。フリーランスの記者として『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、『Yoga&Fitness』(フィットネススポーツ)、『剣道日本』などで執筆中。

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