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玉鷲(後編):DIYで子どもにイス!家族思いな素顔に迫る

2019年11月21日 11:34配信

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日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

玉鷲関のインタビュー後編となる今回。力士になったきっかけはなんだったのか。角界随一の愛妻家としても知られる彼のプライベートな一面にもご注目。

(聞き手・文・撮影=飯塚さき)

相撲経験がないまま来日&角界入り

――玉鷲関は、相撲の経験がないまま入門されています。角界入りのきっかけはなんだったのでしょう。

玉鷲関(以下、「」のみ)「もともとスポーツ全般的に好きではなくて、テレビでやっていても全然見ないくらいに興味がありませんでした。でも、力には自信がありました。最初に力士を見たとき、体がだらしなくて筋肉がなさそうで、これだったら自分でも何とかなるんじゃないかと、なめてかかっていたんです。だから、入門した直後にとても驚きました。みんな体は筋肉でできていて、ぶつかるととても固いんです。半端じゃないなと思いました」

――日本の相撲に興味をもったのは、なぜですか。

「モンゴルでも、旭鷲山(きょくしゅうざん)関の時代からテレビ放映されていたからです。自分の場合、入門できたのは運がよかったと思います。アマチュアでやっていたならわかりますが、普通にモンゴルで大学に通っていたし、相撲の経験はなかったわけですから。でも、姉が東京大学大学院に通っていたので、一緒に相撲部屋を探してもらったら、井筒部屋を見つけました。そこで鶴竜関と知り合って、旭鷲山関の電話番号をもらってと、とんとん拍子に話が進んでいったんです。気づいたら片男波部屋に入れてもらって力士になっていた、という感じです」

――実際、入門してみていかがでしたか。

「入って正解でした。この世界は自分に合っていたからです。いろんな人に出会えること、おいしいものを食べられること。それに、ストレスがあったりケンカがあったりしても、肌を合わせることで分かり合えるのも、ほかのスポーツにはない部分だなと感じました。もちろん、大変なこともあったけど、自分に合っている部分のほうが多かったので、つらいことはかき消されてしまいました」

料理に手芸にDIY、家族思いな関取

――プライベートでは、裁縫や手芸、料理などが趣味で、大変手先の器用な関取です。そういった趣味を始めたのはなぜですか。

「小さい頃からお母さんのやっていることを見ていたからです。周りの友達は外で遊んでいたけど、自分の両親は共働きだったしお姉さんは何もしてくれないし(笑)、10歳くらいから料理はしていました。あるとき、日本のドラマ『おしん』を見て、塩おにぎりがおいしそうだなあと思って作ってみました。そこからお米が大好きになりました。手芸も、だんだん覚えていって作るのが好きになりました。最近は、DIYで子どものイスなんかも作っています」

――手芸や料理の醍醐味は何ですか。

「人に作ってあげることですね。特に料理は、レシピ通りに上手に作るというよりも、食べてくれる人のために一生懸命作るのが楽しいところです」

――現在、下のお子さんももう大きくなっていますよね。

「初優勝した1月場所の千秋楽に生まれたんですが、ハイハイをすることなく6ヵ月でいきなりつかまり立ちをして、そのまま歩いています。上の子もそうだったんですよ」

――それはすごい! 将来はやはり力士に?

「いや、それはあまり…(笑)。力士になると、楽しいことはあるけれど、どこかでつぶれてしまうつらさもあることは、自分が一番よくわかっていますから」

連続出場記録更新中!ベテラン力士の目標とは

――玉鷲関は、初めて番付に名前が載ってから一度も休場することなく、その連続出場記録を更新し続けています。ケガをしない体づくりには、何か秘訣があるのでしょうか。

「ケガを全くしていないから出られているわけではなく、みんなどこかしらケガをしています。私も、それは一緒です。でも、集中力が高まっているときにケガをしにくいことは、経験上知っています。それと、日頃からとにかく好きなもの、その日自分が欲するものを食べること。ストレスをためないことが、体にとっても一番大事です。それが、ケガをしない体づくりにもつながる気はしています」

――地道に積み上げてきたものが、1月場所での初優勝となって実を結びました。

「家族のエピソード以外でうれしかったのは、伊勢ヶ濱部屋の照強関が、その日の夜に大号泣しながら花束を持ってきてくれたこと。ドアの外で『玉鷲関ー! よかったー! おめでとうー!』って、泣きながら叫んでいたんですよ(笑)。笑っちゃいましたけど、うれしかった。花は枯れてしまうけれど、花束に添えられていた『玉鷲関へ 照強より』って書いてある紙は、いまでも大切に部屋に飾らせてもらっています」

――それはなんとも心温まるお話ですね。ありがとうございます。では最後に、関取の今後の目標をお聞かせください。

「正直、前回優勝したとき、その実感があまりありませんでした。それよりも、子どもの誕生のほうが、自分にとっては大きいことだったからです。もちろん勝ったのはうれしかったけど、家に帰って洗濯をして、普段通りに過ごしていました。普通は、優勝したらもっと浮かれてもいいじゃないですか。だから、今度はしっかりとうれしさを噛み締められるような状況で、もう一度優勝することが目標ですね」

【プロフィール】

玉鷲一朗(たまわし・いちろう)

1984年11月16日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。本名・バトジャルガリーン・ムンホルギル。片男波部屋所属。東京大学大学院に在籍していた姉を頼って、2003年に初来日。片男波部屋に入門し、04年1月場所に初土俵を踏む。相撲経験がなかったにもかかわらず、07年9月場所で幕下優勝を果たし、08年1月場所で新十両へ昇進、9月場所で新入幕。15年3月場所で新三役(小結)、17年1月場所で新関脇に昇進。さらに、19年1月場所では悲願の初優勝を果たした。34歳2か月での初優勝は、旭天鵬(37歳8か月)に次ぐ史上2位の高齢記録であり、初土俵からの所要90場所と新入幕から所要62場所は、史上4位のスロー記録となった。得意技は押し。身長189cm、体重172kg。

【著者プロフィール】

飯塚さき(いいづか・さき)

1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、18年に独立。フリーランスの記者として『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、『Yoga&Fitness』(フィットネススポーツ)、『剣道日本』などで執筆中。

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