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インタビュー

貴景勝(前編):小さい体ながら勝てる秘訣とは?

2020年2月28日 12:03配信

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日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

今回連載する力士は、日本出身力士史上最年少での大関昇進となった貴景勝関。小さな体ながらどっしりとした体格で、目の前の相手を突き押していく。彼の強さはどう生み出されているのか。取り口の魅力を探る。

(聞き手・文・撮影=飯塚さき)

突き押し相撲に必要なのは体の安定感

――小さな体ながら、どっしりとした前への突き押しを武器とする貴景勝関です。現在のような取り口を見出したのは、いつ頃からでしょうか。

貴景勝関(以下、「」のみ)「高校生くらいになれば、自分の身長の伸びが止まってくるのがわかりますよね。そうすると、自分がどういうスタイルで戦っていかなきゃいけないのか、自ずと決まってきます。自分は身長が174cmしかなくて、四つ相撲を取るのには限界があるから、ずっとやってきた突き押し相撲でいこうと思いました。昔から“業師”といわれるのが嫌で、小さくてもパワーで圧倒できる力士になりたかった。小兵でうまい人はいるけど、小さくても大きい人をパワーでねじ伏せる力士って、あまりいないなと、自分はそうなりたいなと思ったんです」

――客観的に見ていると、とても冷静に取っているなという印象です。がむしゃらに前に出るのではなく、相手を見て、場合によっては少し下がってでも確実におっつけてから押しに行く。そんな冷静さが印象的です。

「僕は、安定感のある突き押し相撲を目指しています。差して四つに組むスタイルは安定感が出ますが、突き押し相撲の力士にありがちなのは、前に出る力は強いけど横に振られると弱いといった、安定感のなさです。じゃあどうしたら安定感を出せるかというと、自分の攻めをきちんと遂行することだと思うんです。押せないときに無理して押すのではなく、“ここは押せないな”と思える判断能力。僕はそういうとき、引くのではなく、一旦相手との空間を開けてもう一回当たり直すイメージで取っています。押せないからといって安易に引くと、相手を呼び込んでしまうので逆効果です」

大切なのは腰と下半身の強さ

――安定感を出すために、具体的にどういった稽古をしているのでしょうか。

「大切なのは、腰の強さ。お尻の上の筋肉です。それは、四股を踏むときに毎日意識しています」

――腰の筋肉に効かせるためには、どういう四股の踏み方をすればいいんですか。

「足幅を広めにとることがポイントです。その状態で骨盤を立てて、イメージとしては腰を反らすようにして前に入れてから、踏み始めます。この腰の入れ方を知っていれば、その角度で相撲を取れさえすれば、安定感が出ます」

――なるほど。やはり四股は奥深いですね。

「そう、めちゃめちゃ大事です。むしろ、四股さえ踏んでおけばどうにでもなります。どれだけケガして調子が悪くても、四股さえしっかり踏めれば大丈夫なんです。僕は去年、9月場所の千秋楽で胸をケガしましたが、11月場所は出場できました。それはやっぱり、しっかり四股が踏めていたから。大胸筋を肉離れして、内出血もひどかったけど、相撲を取る体になっていたんです」

――その前、5月場所4日目には右膝内側側副靱帯を損傷し、途中再出場するもまた休場と、大変な苦労をされました。

「そのときは、四股を踏めないし下半身を使えないので、いくらベンチプレスで上半身を鍛えても、相撲は取れませんでした。突き押し相撲でも、大事なのは下半身。どうしても、腕で押すので腕や肩の力が大事だと思われがちですが、そうではなくて下半身から力を伝える必要があるんです。それを、相撲を頑張っている小さい子にもわかってもらえたらすごくうれしいですね」

体の使い方ひとつで得意の形は極められる

――突き押し相撲を極めるにあたって、工夫していることはありますか。

「自分は腕が短く、普通の人よりストライド(伸び)が小さいので、どう長くするかを考えました。腕をまっすぐに伸ばすだけじゃなくて、そこからさらに肩関節を前に出して、背中の力も使って押すんです。実際に、壁に向かって立って、片腕をまっすぐ伸ばし、壁を押してみてください。ただ腕を伸ばしてまっすぐ押すよりも、少し体をひねって肩関節を前に出し、関節をロックした状態で背中の力も使って押したほうが、明らかに押せるし、相手の力にも耐えられます。こうして、自分の短所が、実はいいヒントにつながることがあるんです。もし、ある程度腕が長くて突っ張れていたら、この気づきはなかったと思います」

――実際にやってみると一目瞭然ですね。

「とにかく体が小さいので、プロでやっていくためにはどうしたらいいんだろうと、ずっとずっと考えています。それはもう、高校生くらいから。プロに入って、神送りの儀式(※千秋楽に行われる、その場所でデビューした力士が行司を胴上げする儀式)で初めて幕内の支度部屋を見たとき、栃ノ心関や碧山関といった巨漢力士を目の前にして、間違ったところに来てしまったと、本当に思いました。腕の太さとか体の分厚さとか、テレビ越しで見ているよりも本当に大きくて、見ただけで“勝てるわけない”って思っちゃったんです」

――そうですよね……力士の皆さん、目の前で見ると本当に大きいです。

「それに、突き押し相撲じゃ上の番付には行けないと言われてきました。入門したときには関取にはなれないと言われたし、関取になったら幕内は無理、幕内になったら三役は無理。ずっとそんな風に言われてきました。でも、それが悔しくて原動力になってきたのは確かです。プロに入ったからには、やり直しはきかないし、逆境に立ち向かおうと思いました」

――どうしたら勝てるか、どうしたら通用するのか、それを考える思考力があることは本当に素晴らしいと思います。そういった考え方は、誰かに教わってきたものなんですか。

「結局は自分だと思います。どんなにいい指導者についてもらっても、最終的には自分が課題意識を持たなければ何も生まれません。自分がどう思って取り組むかが大事です」

――次の3月場所では、新型コロナウイルスによる中止の懸念も出ていますが、現段階での3月場所の目標を教えてください。

「大阪は、常に気づきを与えてくれる場所です。小学3年生で、決勝に判定負けして空手をやめようと思ったのも大阪でしたし、幕下昇進を決めたのも、新十両も大阪場所。ケガして『このままじゃダメだ』と思わせてくれたときも、大阪場所でした。今一番お世話になっているトレーナーさんとも、大阪で出会いました。その後、初めて三賞を取ったのも、そして大関を決めたのも大阪場所です。だから、今年は優勝して、綱取りのいいきっかけとなる場所にしたいですね」

【プロフィール】

貴景勝光信(たかけいしょう・みつのぶ)

1996年8月5日、兵庫県芦屋市生まれ。本名・佐藤貴信。千賀ノ浦部屋所属。幼少期は空手を習い、小学3年生から相撲を始める。中学校では報徳学園中学校に進学し、3年時に全国中学生相撲選手権大会優勝。その後、埼玉栄高校に特待生として入学し、全国大会7タイトル獲得。まだ3年生だった2014年9月場所で貴乃花部屋に入門し、初土俵を踏む。その後、順調に番付を上げ、16年5月場所で新十両へ昇進。11月場所で十両優勝を決め、翌17年1月場所で新入幕、18年1月場所で新三役。その年の10月に、貴乃花部屋が消滅したことにより千賀ノ浦部屋に移籍。しかし、騒動をものともせず、11月場所に幕内初優勝を果たした。19年3月場所の後、所要28場所で大関に昇進。日本出身力士史上1位のスピード記録となった。その後、ケガに泣き2場所で大関陥落となるも、9月場所で10勝を挙げ特例復帰。3月場所では、38年ぶりの一人大関となる。得意技は突き、押し。身長174cm、体重170kg。

【著者プロフィール】

飯塚さき(いいづか・さき)

1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、18年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、『IRONMAN』『Yoga&Fitness』(共にフィットネススポーツ)などで執筆中。

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