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翠富士(後編):紆余曲折の相撲人生と24歳のまっすぐな素顔

2021年2月18日 14:52配信

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日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

稽古にもトレーニングにも真面目に取り組む翠富士関。プライベートでは、軽快なトークと明るい笑顔で周囲を和ませてくれる。そんな翠富士関のインタビュー後編。相撲を始めたきっかけや私生活について伺った。

(聞き手・文・撮影=飯塚さき)

記憶に残るのは悔しい気持ち

――これまで、印象に残っている場所はありますか。

翠富士関(以下、「」のみ)「新十両が決まった去年の初場所はうれしかったんですが、もっと覚えているのはその前、2019年の11月場所です。自分は幕下12枚目で5連勝していて、10枚目だった大関(照ノ富士)も5連勝でした。大関はその後全勝優勝して関取に復帰。自分もあと2つ勝っていたら十両に上がれたのに、1つ負けて上がれず、悔しくてめっちゃ泣いたのを覚えています。その前の場所あたりには、親方に『辞めます』とも言っていました」

――なぜ辞めようと思ったんですか。

「自分のなかで“リミットは3年”と思って入っていて、3年過ぎて十両になれなかったので、辞めようと思っていました。師匠(伊勢ヶ濱親方・元横綱旭富士)に『辞めて何したいんだ』と言われて、『まだ決まっていませんが、周りの友人が結婚して幸せになっていくのを見て、自分もそうなりたいと思いました』と話したら『話にならない。だったらみんなに話を聞いて、まずは現実を見てこい』と言われました。いま思えば、思いとどまってよかったです」

紆余曲折を経て角界入りへ

――幼少期から振り返っていただきたいのですが、相撲以外に競技経験はありますか。

「小さいときにサッカーをやっていました。小学2~4年生くらいまでです」

――どんな子でしたか。

「うるさかったと思います。学校でいなくなっては校内放送で呼び出されていました。昔から相撲を見るのが好きで、安馬の時代から日馬富士関のファンでした」

――相撲を始めたきっかけは?

「自分が育った静岡県焼津市は、少し相撲が盛んな地域で、小学2年生で大会に出て準優勝したのがきっかけです。そのときはまだ『お尻出すの恥ずかしい~』って言っていたと思うんですが、負けて悔しかったので本格的に習い始めました。そこから稽古を頑張りましたが、中学1年生のときに全中に出て、そこからなんとなくパタリとやめてしまって。もういいやって、投げやりになっていた時期だったのかもしれません」

――思春期ですしね。それでも、高校でまた相撲をやろうと思った理由は。

「ドラマか何かに影響されて、『高校で文化祭をやりたい!』って思ったんですね。でも、勉強が苦手で入れる高校がなかった。そのときに、飛龍高校の(栗原大介)監督に『相撲をやるならとってあげるよ』と言ってもらって、“俺は文化祭をやるんだ!”という気持ちで頑張りました(笑)」

――モチベーションが文化祭!

「はい。それで中3のときに大会だけ出て頑張りました」

――しかも、3人制の団体戦に2人で出場して、どちらか一人が負ければ負けというなかで、全中ベスト8ですもんね。素晴らしいです。飛龍高校での高校生活はいかがでしたか。

「3年間楽しかったです。部活も、監督が自由にやらせてくれていたので、つらいと思ったこともありませんでした。ただ、あんなに念願だった文化祭だけが、めちゃくちゃつまんなくて…。男子クラスだったこともあって、みんな面倒くさがってクラスTシャツも作ってくれず、自分たちだけ体育着だったんですよ。本当に残念でした」

――それは残念ですね。プロ入りを目指したのはいつ頃からですか。

「高校3年生のときにはもう行きたい気持ちがあったんですが、大学も決まっていたので、(近畿大学に)進学しました。でも、同い年の貴景勝関や阿武咲関が関取になっているのを見て、自分も力士になりたいと思ったんです。あと、やっぱり自分は相撲が好きですね。プロになると好きじゃなくなる人もいると思うんですけど、自分はいまでも好きです。やってるスポーツが好きならやる気も出ますので」

――数ある相撲部屋のなかでも、伊勢ヶ濱部屋に入った理由は。

「これも偶然というか、ご縁です。実は、高校2年生のときに一度稽古に行っているんです。当時まだ現役だった安治川親方(元・安美錦)にがっちり可愛がられて、絶対この部屋には入らないと思った思い出があります。だから、入る気は全くなかったんですけど、親方が地元までスカウトに来てくださった日が、たまたま自分の誕生日パーティーの日だったんです。話は1時間くらいで終わるからと言われて、パーティーの前に親方のところへ行ったら、3時間くらい粘られて。周りにも、監督や小さい頃からお世話になっている人がたくさんいて、『お前のパーティーでみんな待ってるんだから早くしろよ』と急かされていたので、根負けして『行きます』と言ったんです。なので、もしその日じゃなかったら伊勢ヶ濱部屋には行っていないかもしれません」

――もちろん、いまとなっては本当によかったといえると思いますが、親方の粘り勝ちですね。

「完璧に寄り切られたっすね(笑)」

映画と漫画が好きな24歳の生活

――では、翠富士関の普段の生活についてもお聞きします。休日はどのように過ごしていますか。

「自粛期間中にピアノを始めたんですが、いまはインテリアになっています。新しいことを始めようと思って、ピアノのほかにも英会話とかいろいろ試したんですけど、買ったゲームも何もクリアしたことがないくらい飽き性なので、続かないんですよね。もともとの趣味は、映画と漫画です。映画は映画館で観たほうが面白いので、よく行きます。最近は『約束のネバーランド』や『鬼滅の刃』を見ました。でも、時間を無駄にしたくないので、面白くないと途中で出てきちゃいます。鬼滅の刃は最後まで席を立たずに見ましたが、漫画と全く一緒なので、もう少し展開がほしかったです」

――『鬼滅の刃』は、漫画も読まれたんですね。普段はどんな漫画を読んでいるんですか。

「漫画はたくさん読んでいます。本当に、ジャンプコミックスから少女漫画までなんでも読みます。定番でいうと、『NARUTO』が昔から好きです。少女漫画だと、いまは『サレタガワのブルー』という不倫漫画を読んでいます」

――男性で少女漫画を読まれるのは珍しいですね?

「きゅんきゅんしたいので」

――女子と同じ心理ですね(笑)。食べ物の好き嫌いはありますか。

「パクチーが嫌いですが、それくらいです。ほかはなんでも食べられます。部屋のちゃんこでは、イカちゃんこが好きです。イカの差し入れがあると作ってくれるんですが、味噌ベースでめっちゃおいしいです」

――体の小さい翠富士関ですが、食事は頑張って食べている感じでしょうか。

「食は本当に弱いので、一般の方よりちょっと食べるくらい。もともと細かったし、ごはん食べたいなあと思わないんですよね。食べないときは1日1食少しだけ食べて、お腹空いているけどいいやってなっちゃいます。ごはんより、甘いものが好きなんです」

――そうしたら、場所中と場所後で体重差が大きく変わるのでは?

「本当にそうです。場所中は117kgですが、いまは112kgくらいしかありません。でも、体が重いなと感じたことはないので、もっと重くても、例えば140kgでも動けるなら、それくらい増えてもいいと思っています」

――体づくりにも励んでいるとのことなので、今後の成長も楽しみにしています。ここまでいろいろなお話をお聞かせいただきありがとうございました。最後に、来場所の抱負と将来の目標をお聞かせください。

「来場所は、もう一度三賞取れるように頑張りたいです。相撲人生の目標は、正直横綱は厳しそうだなと思うんですが(苦笑)、力士としてやるからには、本気で目指したいと思います」

【プロフィール】

翠富士 一成(みどりふじ・かずなり)

1996年8月30日生まれ。静岡県焼津市出身。小学2年生のとき、地元の相撲大会で準優勝したことをきっかけに、本格的に相撲を始める。中学1年次に全国中学校相撲選手権大会に出場。3年次には同大会団体戦でベスト8入り。飛龍高校に進学し、2年次の全国高等学校総合体育大会相撲競技大会では、同学年の佐藤貴信(のちの貴景勝)を破って団体3位。卒業後は近畿大学に進むも、2年で退学。故郷に帰ったが、伊勢ヶ濱親方の説得で部屋に入門し、2016年9月場所で初土俵を踏む。2020年3月場所で新十両。同11月場所は10勝5敗同士の旭秀鵬との優勝決定戦を制して十両優勝を果たした。新入幕で迎えた先の1月場所では、9勝6敗で技能賞を獲得。身長171cm、体重117kg。得意は押し、肩透かし。

【著者プロフィール】

飯塚 さき(いいづか・さき)

1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、『IRONMAN』(フィットネススポーツ)、Number Web(文藝春秋)、Yahoo! ニュースなどで執筆中。

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