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インタビュー

高安(前編):熱戦を演じた大阪場所 “当たって砕けろ”の精神で挑んだ千秋楽

2022年4月20日 10:15配信

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日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。

今回お話を伺ったのは、先の大阪場所で若隆景関と優勝争いに臨んだ高安関。最後は惜敗したものの、素晴らしい内容の一番を演じた。自分でも「自信になった」と言う大阪場所を振り返っていただく。

聞き手・文・撮影/飯塚さき

若隆景と優勝を争い 敢闘賞受賞

――見事12勝3敗の成績で準優勝と敢闘賞受賞、おめでとうございます。今場所を振り返ってみていかがですか。

高安関(以下、「」のみ)「これまでで一番よかった場所じゃないですかね。精神面も体調も、相撲の取り組み方もよかったと思います。悪いときは、相撲が遅かったり、序盤から守りが多かったりしますが、今回は前半戦から自分で取りたい相撲を取れました。内容も気持ちの持っていき方もよかったと思います」

――印象に残っている一番はありますか。

「初日の隠岐の海戦です。立ち合いの踏み込みから、まわしを取ってからの攻め、どれをとっても厳しく行けました。上手を取ってしっかり右から思い切って投げられたので、それが印象に残っています。体が動いていてとてもいいという実感がありました」

――その後、10日目まで負けなしでした。

「はい。10勝しても気持ちは変わらず、千秋楽までしっかり落ち着いて白星を重ねられればいいなと思っていました。11日目からも、気を引き締めて一番一番やっていましたね」

――11日目に惜敗した若隆景関はいかがでしたか。

「攻めが厳しいのはわかっていましたが、硬くなっちゃいましたね。相手のペースに合わせてしまいました。負けましたけれども、体調が悪いわけではなかったし、どう気持ちを整理して次の日に臨めるか、そのあたりは、場所前からコツコツやってきたことが自信になって、切り替えられたと思います」

――本割で阿炎に負け、若隆景関と臨んだ優勝決定戦。怒涛の千秋楽を振り返っていかがですか。

「本割は、いい緊張感で取り組めたとは思うんですが、自分のイメージする相撲と、取組後に見た実際の相撲がまったくかけ離れていて、要するに自分のやりたいことがしっかりできませんでした。逆に、阿炎が思い切って来て気持ちのいい相撲を取りましたね。自分も先手を取らないといけないのに、守りに入っていました。こうして、僕は先に相撲を取って、優勝戦線から脱落しました。結びで若隆景が勝てば、優勝する運命だったということですし、負ければチャンスが転がり込んでくる。そういう気持ちで待っていました。だから彼が本割で負けたときは、自分のなかで、自分に流れが来たという確信がありました。チャンスが巡ってきたということは、自分に流れがある。そういう勝負勘がありましたけどね。本割と違って、決定戦は気持ちが乗っていました。“当たって砕けろ”の精神です。悔いは残したくなかったので、中途半端な相撲を取るんじゃなくて、会場の皆さんがよろこんでくれるような相撲を取れればいいと思いました」

――実際、本当に拍手の鳴りやまない素晴らしい一番でしたね。

「いい意味でいえば、ペースを握って攻める相撲でしたが、悪く言えば相手の土俵に乗ってしまった。あれが若隆景の相撲です。鋭い動きができる力士ですから、あの動きをさせてしまった、相手を泳がせてしまったのが、自分の敗因です。しかし、最後の最後まで優勝の行方がわからない状況は初めてでした。これでまた、経験値が増えたと思います」

「いま一番強い力士」と白鵬も太鼓判

――ご自身の強みはどんなところにありますか。

「まわしを取ったら誰にも負ける気がしません。みんな取らせてくれないですけど(笑)。相手に合わせた相撲を取れるというのは、長所でも短所でもあります。それよりも、相手を自分の土俵に乗せられるほうが強いと思います。それができるようになれば、また優勝も近づいてくるんじゃないでしょうか」

――元横綱・白鵬の間垣親方が、解説で「いま一番強いお相撲さん」として関取の名を挙げていました。

「白鵬関とはたくさん取りましたが、毎回一枚上を行かれて負けていました。それでも、必死に向かっていった気持ちがあるので、そういうところを買ってくれたのかなと思います。自分は、大関にも上がりましたが、ここ数年ケガが相次いでブランクがあり、いいときも悪いときも経験しました。結婚して家族ができて、背中を押してもらいながら毎日コツコツ頑張れているなかで、遅くなりましたが大阪場所で結果が出ました。あとは、ケガをしない体づくりと、弱いところを強くして、もっと厳しい相撲を取れるように、上位の力士を苦しめられるようにしていきたいです」

――現在の課題はどんなところでしょうか。

「本場所の土俵で、自分の取りたい相撲を取り切ることができる精神力です。ただ、先場所の経験もありますし、そのあたりはどんどんよくなっているのかなと感じます。内容のいい相撲を取って精神面も磨いて、今回の若隆景みたいに出せればいいですね」

相手の長所を盗んで 相撲の幅を広げ続ける

――我々ももう32歳。関取は、角界ではベテランの域になってきました。

「伸びしろはもう少しあるんじゃないですか。皆さん人に言えないようなケガをしているなかで、玉鷲関や徳勝龍関みたいに、30歳過ぎてから優勝した人もいます。そういう方々の活躍は、特に番付が落ちているときは支えになりました。照ノ富士関もそうです。いいときのまま横綱になるのも人生ですが、挫折は勉強にも変われるきっかけにもなる。力士に限らず、一回ぶつかって心折れたほうが、成長につながるんですね。横綱も、ケガする前と後では相撲が全然違います。年齢関係なく、自分もまだまだ成長できると思います」

――さらなる成長のために、取り口の研究などはされていますか。

「過去の取組データや、この力士はどういう攻めをどういうタイミングでするといった、稽古場や本場所での経験的なデータもあります。僕が特に見ているのは、皆さんがもっている自分にない長所。どうすればこういう相撲を取れるのか、いいところをしっかり見て自分のものにするために盗んでいます。相手の弱点を知ることも大事ですが、それよりも強みを研究して、いかに自分にプラスにできるかを考えているんです」

――ほかのお相撲さんの映像をよく見るのでしょうか。

「基本は、対戦するいまの力士たちの映像を見ますが、昔の相撲もたまに見ます。相撲に加え、一人一人体のパーツも見ます。本当は、出稽古ができたらもっといいんですが、いまはYouTubeなど便利な時代になって、研究材料はたくさんあるので、少しでもプラスになればいいですね。自分の持ち味だけを磨いていくのもいいけど、こういう形でも勝てる、こういう相撲でも強いって、相撲の幅が広くなっていくと、やっぱり勝率は高くなります。いかに勝率を上げるか。15日間あるので、そこが大事になってくると思います」

(第38回・後編へ続く)

【プロフィール】

高安 晃(たかやす・あきら)

1990年2月28日生まれ。茨城県土浦市出身。本名は四股名と同じ。小学生まではリトルリーグで野球に打ち込み、中学では軟式野球部に所属。中学卒業と同時に、相撲が好きだった父の勧めで鳴戸部屋に入門し(現在は田子ノ浦部屋所属)、2005年3月場所で初土俵を踏む。入門から約5年半となる、10年11月場所で新十両昇進。翌11年7月場所で新入幕を果たし、順調に番付を上げると、17年7月場所には大関にまで昇進した。しかしその後、腰などのケガに泣き、2020年に入ると大関から陥落。コロナの影響もあり苦しい時期が続いた。そこから這い上がり、先の3月場所では、若隆景と優勝決定戦を争う大健闘。自身5度目の敢闘賞を受賞した。最高位は東大関。身長187cm、体重177kg。得意は突き、押し、左四つ、寄り。

【著者プロフィール】

いいづか・さき

1989年12月3日生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、『IRONMAN』(フィットネススポーツ)、Yahoo!ニュースなどで執筆中。

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