インタビュー
阿炎(後編):3年間での変化 苦難を乗り越え生まれ変わった阿炎
2022年12月27日 12:09配信
日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。
九州場所で初優勝を果たした阿炎関。新型コロナウイルスのガイドライン違反による半年間の出場停止などを経て、ここまで再起してきた。本連載では、約3年半前の2019年8月に最初のインタビューを実施。当時の記事を比較しながらぜひ読んでいただきたい。
聞き手・文・撮影/飯塚さき
3年前のインタビューと現在の比較
――2019年8月のインタビューをもとに、この3年間の変化を深掘りしていきたいと思います。当時は、白鵬関・鶴竜関を倒した金星のうれしさを越えることは今後きっとないとおっしゃっていました。初優勝を果たしたいま、あらためていかがですか。
阿炎関(以下、「」のみ)「やっぱり越えてはいないです。同じくらいうれしいというか、また違ったうれしさですね。喜びの意味が違うので、比べられないかもしれません」
――当時は、自分が勝った相撲は見返さないと言っていましたが、現在はいかがですか。
「いまは勝った相撲もちゃんと見ていますね。どこがよかったのかしっかり見て、自分自身の研究もしています。勝った相撲から学ぶことも多いんです。調子がいいときの相撲は、いつでも出せるようにしないといけないので、それをちゃんと覚えて土俵上で出すのが大事かなと思います」
――自身の相撲の研究をよくしているのでしょうか。
「最近は、いまの幕内の人たちの取組をYouTubeで見ています。対戦相手の研究です。あんま言うと(作戦が)バレちゃうので言えないですけど…。でも、主に立ち合いの癖とかを見ているのと、大栄翔関の突きの回転は師匠も褒めるくらいすごいので、その辺は見て取り入れようとしています。最近は対戦相手の研究ばっかりですね。そういうのがちゃんと生きているかなとは思います」
――稽古場では弱いとのことでしたが、いまはどうでしょうか。
「いまもっと弱いですね。というのも、稽古場では考えながら相撲を取るので、反応がどうしても遅れてしまって、場所よりは弱くなります。稽古場での勝敗も、意味ないことはないんですけど、自分にとっては勝とうが負けようが得るものがある稽古ができたかどうかなので、僕はあんまり気にしないです。最近特にそういう稽古が身についてきて、ちゃんとできるようになってきたなと思います。気持ちの問題だったのかな」
――こうしてあらためて聞いてみると、3年間でずいぶんと変わるものですね。
「そうですね。いろいろと考えながらできてきているとは思います」
半年の謹慎期間で生まれ変わった阿炎
――2020年夏、新型コロナウイルスガイドライン違反で3場所の出場停止処分を受けました。当時は自ら引退届を提出。受理されることはなく、2021年3月場所、幕下の土俵から再起しました。自らの過ちが招いた結果とはいえ、苦しい時期だったかと思います。半年の謹慎期間中は、どんなことを考えて過ごしていましたか。
「そうですね。もう一度頑張れと、せっかくいただいたチャンスだったので、恩を仇で返すことなくしっかり自分が成長した姿を見せなきゃいけないなと思いながら過ごしていました」
――この騒動の前後で、どんな心境の変化がありましたか。
「もう自分自身は変えていこうとしかしていなかったので、その結果は応援してくれる皆さんが決めることかなと思います。なので、それは自分で言うよりも見ている人たちに答えてもらったほうがいいかな」
――幕下でくすぶっていたときに鼓舞してくれた兄弟子の彩さん、同時期に付け人を務めてたくさんの学びをくれた横綱・鶴竜関、そして、これまでどんなことがあっても信じ続けてくれた師匠の錣山親方。阿炎関の相撲人生の節目には、こうしてたくさんの人たちの助けがありましたね。
「本当にその通りで、その方々が助言や行動で示してくれたから、いまの自分があると思います。こういうふうに育ててくれた親にも感謝ですし、小学校から高校までの指導者、そしていまの師匠に巡り会えたことが本当によかったです」
――自ら提出した引退届ですが、続けてきてよかったですよね。
「そうですね。いまは自分より皆さんがどう思ってくれるかを気にしているので、周りの皆さんがいま喜んでくれているからよかったと思います」
来年は「すべてにおいて成長していきたい」
――プライベートでは2020年6月に奥様と結婚。子宝にも恵まれました。大切なご家族と、普段どんなふうに過ごしていますか。
「娘と遊んでいるか、ゲームしているか、アニメを見ているか。子育ては大変ですね。自分より奥さんが大変で、本当に頑張ってくれているなって思います」
――今年最後の場所で初優勝を果たし、支えてくれた家族への恩返しにもなって素晴らしい1年だったと思います。ご自身での1年の総括は。
「まだまだな1年だなと思いました。まだできることはたくさんあるなと。人間性も力士としてもまだまだなので、すべてにおいて成長していけたらいいなと思います」
――では、最後に来場所、そして来年の目標をお聞かせください。
「来場所は、今場所の自分に負けないようにもっと集中力を高めていい相撲を取りたいと思います。お客さんや応援してくれる人たちが喜んでくれるような相撲を取っていきたい。来年1年間は、もっと力強い相撲を求めていこうかなと思っています。まだまだ精神面が弱いんじゃないかなと思うので、もっともっと精神面を強くしたいと思います」
【プロフィール】
阿炎政虎(あび・まさとら)
1994年5月4日、埼玉県生まれ。本名・堀切洸助。錣山部屋所属。小学3年生のときに、草加相撲練修会に入会して相撲を始めた。第39回全国中学校相撲選手権大会において、個人戦で3位に入賞。千葉県立流山南高校時代は、第61回選抜高校相撲十和田大会において個人戦で3位、高校総体でベスト16。卒業後、錣山部屋に入門し、2013年5月場所に初土俵。15年3月場所で新十両、18年1月場所に新入幕、19年7月場所で新三役昇進を果たした。2020年夏、新型コロナウイルスガイドライン違反で3場所出場停止となり、2021年3月場所に土俵復帰。西前頭9枚目で迎えた先の11月場所で、貴景勝・高安との優勝決定戦巴戦を制し、見事初優勝を果たした。身長187cm、体重151kg。得意技は、突き・押し。
【著者プロフィール】
いいづか・さき
1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、『IRONMAN』(フィットネススポーツ)、Yahoo! ニュースなどで執筆中。
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