インタビュー
元白鵬・宮城野親方(後編):注目の若手へエール 発展のために世界を視野に
2023年9月29日 10:00配信
日本の伝統文化を色濃く継承する、華やかな大相撲の世界。力士たちは皆、なぜこの道を志し、日々土俵に向かっているのだろうか。本連載コラムでは、さまざまな人気力士たちにインタビューし、その素顔を探っていく。
最終回となる本連載にご登場いただく、元横綱・白鵬の宮城野親方インタビュー後編。多くの親方が骨を折るスカウトにまつわるエピソードや、伯桜鵬、新十両の天照鵬ら期待の若手について、師匠の目からお話をいただいた。
聞き手・文・撮影/飯塚さき
スカウトに苦労はあるも、いままでの出会いがつながっている
――弟子たちが親方にアドバイスを求めてきたときは、言葉で応えてあげるのでしょうか。
元白鵬・宮城野親方(以下、「」のみ)「もちろん。定期的に全員弟子たちを集めて、まわしの切り方とか具体的な技術指導もしています。15日間ありますから、すべて自分の組み手で勝つことはできません。不利な体勢になったら、そこからどう脱出できるか。まわしをつけて実践で教えています」
――出稽古もさかんにされていますね。その意図は。
「同じ人との稽古ばかりだと、癖もだいたいわかってしまうので、違う人とたくさん手合わせするのがいいし、環境を変えることが大事。ずっと同じジムに行くんじゃなくて、2~3個通うと、よりいいパフォーマンスができることがあるのと一緒です」
――宮城野部屋には、輝鵬関や天照鵬関など、学生相撲で活躍した子たちがたくさん入っている印象です。スカウトの秘訣は。
「面白い例は、炎鵬です。炎鵬は、軽量級で世界大会金メダルを取りました。だから、いろんな部屋から声がかかっていると思いました。でも、言葉はいらないんです。当時現役でしたが、『明日朝稽古来てね』。私が掛けた言葉はそれだけ。炎鵬は地元の金沢から監督と稽古を見に来て、帰りの新幹線ではずっと私の話で盛り上がったんだそうです。なぜ横綱の足は、土俵から離れないのか。根っこでも糊でもついているのかって。相撲をやっている子たちはそういうところに目が行くわけだよね。そこに惚れたらしい。この場合、スカウトしたのは私の足ですよ(ニヤリ)」
――足でスカウトしたわけですか。それは親方にしかできないなあ。
「ほかには、鳥取県は亡くなった父の生まれ故郷と姉妹都市である縁があるので、父がひとつそういう道を作ってくれました。あとは、私が主宰する子どもたちの相撲大会『白鵬杯』。今年14年目になりますが、開催したきっかけは、相撲をする子どもがいなくなると、自分らが築いてきたことが全部なくなってしまうのではないかという危機感を抱いたから。大相撲から子どもが離れないようにと思って始めた大会に、輝鵬や天照鵬が参加してくれたことは縁ですね。輝鵬の場合は、熊本の子どもの大会に出ていた小学3年生のときに稽古つけています。そうやって、いろんな子と会うことを積み重ねるのが大事だったなと、いま振り返って思っています。私は決して高校や大学に行っていないので、地道に徳を積んだことが、いまの弟子たちにつながっているんです」
――今後、中学を卒業して入門する、いわゆるたたき上げの子の育成も、ぜひしていただきたいです。
「いまは2人います。かわいいですよ(笑)。ゆっくりゆっくり成長しています。白鵬杯では、今年から幼児の部も新設しました。そういう子が、小学生、中学生と続けていってくれて、その後入門してくれたらうれしいなとも思っています」
注目の若手へ宮城野親方からのエール
――宮城野部屋には、現在北青鵬関をはじめ、伯桜鵬関、輝鵬関など注目の若い力士たちが所属しています。弟子の皆さんへの期待は。
「みんな1年後、2年後に幕内上位で定着するような関取衆だと思います。ケガをしないことが一つの強さにつながっていくので、伯桜鵬に関しては、焦らず我慢して再び土俵に上げたいなと思っています。いまケガしているのは左肩なんですが、右肩もそういう状態で入門して強くなったわけですから、まだまだこれからです」
――新十両の天照鵬関はどんなお相撲さんですか。
「本当に真面目で、一生懸命で、優しい。その優しさが時々勝負に出ているのかなと思っていますけどね。大関・琴奨菊や貴景勝のような、「令和の猛牛」になってほしい。押し相撲を徹底して鍛えて、身につけて活躍してほしいなと思います。なんでもできるタイプではないんですが、それが彼の型ですから」
――協会を支える一人としては、角界を今後どうしていきたいですか。
「それはまったく考えていないですね(笑)。まずは自分の部屋をしっかりすること。部屋から幕内・三役、そして横綱・大関を出すことが自分の夢であって、ひとつひとつ階段を上って、夢をたくさん持ちながら頑張っていきたいと思います。角界にまつわる親方衆の意見があったら、その場にいて一緒に話し合いをするのはいいかなと思いますけど、いまは宮城野部屋のことをしっかりと考えていきたいです」
今後の角界の発展のために世界を視野に入れる
――1月には断髪式も終えられ、最近はどのような生活をされていますか。
「6年ぶりに父の墓参りでモンゴルに帰ったのもよかったのですが、最近一番行ってよかったのは、イベント出演で行ったトロント。アメリカからも大相撲ファンがたくさん集まってくれて、いい汗をかいてきましたよ。2年後にカナダでサッカーワールドカップがあって、5年後には独立150周年を迎えるんですね。そこで、トロント巡業をもっていきたいなと思いました。これだけカナダの人が相撲を愛しているって私は知らなくて、本当にうれしかったんです。どんな場所にも一回来てみなさいというのはこういうことなんだなと、肌で感じましたね」
――海外巡業もまた始まると思うので楽しみです。国技館にも、連日海外からのお客さんがたくさんいらしていますね。外国出身の力士・親方衆に、世界へ向けた角界も盛り上げてもらいたいです。
「伝統文化に興味をもつと、大相撲という素晴らしいコンテンツが身近な存在としてあるんだなと気づきます。大相撲は、世界に目を向けて広げる価値があるものなので、より多くの人にその価値を知ってほしい。インバウンドが始まってから、国技館にも海外からのお客さんが増えたよね。我々は、そういう人たちにまた来てもらえるように、手綱を引いておくことが大事だと思っています。いまはデジタルの時代。ネットワークの力を駆使して、大相撲の魅力を広めていきたいですね」
【プロフィール】
みやぎの・しょう
1985年3月11日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。メキシコ・オリンピックのレスリング重量級銀メダリストである父のもとに生まれ、2000年に初来日。宮城野部屋に入門し、01年3月場所に初土俵を踏む。序ノ口の土俵では負け越すも、その後04年1月場所で新十両、5月場所で新入幕と出世街道を駆け上がり、07年7月場所から21年9月場所まで約14年間綱を張った。連勝記録は63。10年3月場所~9月場所の4場所連続全勝優勝で、双葉山の69連勝に次ぐ歴代2位、15日制になってからは歴代1位の記録。そのほか、横綱在位84場所、優勝回数45回など、いずれも歴代1位の大記録を数多く保持している。引退後、今年1月に国技館で断髪式を行い、現在は宮城野部屋の師匠として、北青鵬、伯桜鵬ら弟子の指導に当たる。得意技は、右四つ、寄り、上手投げ。現役時の身長は192cm、体重155kg。
【著者プロフィール】
いいづか・さき
1989年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーランスのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、『IRONMAN』(フィットネススポーツ)、Yahoo! ニュースなどで執筆中。
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